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あっこのブログ

おばちゃん探偵、法科大学院に学ぶ。

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Date:2018.06.29(Fri)13:56 | Category:[未分類]

秘密のあっ子ちゃん(44)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 調査というものは、探したい人の情報ができるだけ沢山ある方が探し易いということは当然のことです。無論、氏名は一番のポイントとなります。
 しかし、そうは言っても、世の中には様々な事情を持っている人がいる訳で、「どうしても気になる」という人の名前が分らない場合もあります。では、この「名前が分らない」という場合は、調査は不可能であるかと言いますと、努力次第で案外判明させ得るケースもあるのです。
 今回の主人公は二十七才の女性です。彼女は神奈川県在住で、通勤途上や買物によく横浜の地下鉄街を利用しています。
 彼女から電話があったのは今年の四月末のことでした。聞くと、その横浜の地下鉄街にある、有名なアイスクリーム屋さんに働いていた男性の行方が知りたいと言うのです。
 彼は年の頃なら二十四、五才。正社員なのか、バイトなのかは定かではありませんが、彼女は二年近くもその店で彼の姿を見ていました。彼女はその店でよくアイスクリームを買い、その度に彼とも一言、二言言葉を交わしていました。ところが、この四月に入って、彼の姿が見れなくなったと言うのです。
 通勤や買物によく利用する横浜の地下鉄街。そこにあるアイスクリーム店の男性を依頼人(27才)は以前から気にかけていました。ところが、今年の四月になってから、ぱったり彼の姿が見られなくなったと言うのです。
 姿が見えなくなって、突然、彼女は彼のことが気になってしかたなくなってしまいました。ちょうど、例の横浜での異臭騒ぎがあった直後でしたから、その気がかりはなおさらでした。 彼女はたまにその店でアイスクリームを買い、その折には彼とも一言、二言言葉を交わすことはありましたが、彼自身のことになると全く何も知りませんでした。その店で彼は正社員として働いていたのか、バイトであったのかも知りませんでしたし、正確な年令も、どの辺りに住んでいるのかも知りません。それ以上に、彼が何という名前なのかということさえも分らなかったのです。
 それだけ気になるのなら、店に自分で彼のことを直接尋ねればいいと言ってしまえばそうなのですが、そこが人間の感情の難しさで、そう簡単に物事が進めないようです。
 彼女は悩んだ揚句、「絶対に私のことが分らないように探してほしい」と依頼してきたのでした。
 彼女(27才)の探したいその人は、名前も年令も分っていませんでした。ただ分っているのは、横浜の地下街のアイスクリーム屋さんに、今年の四月まで勤務していたということだけでした。
 とにかくにも、私達はそのアイスクリーム屋さんへ聞き込みに入りました。
 その店ではバイトの人が多く、また出入りも激しいため、依頼人が言う人をなかなか特定しにくく、店長も「ウーン」と唸ってしまいました。特徴と言っても、彼女が言ってきたのは、「身長百六十センチから百七十センチ、がっちりしたタイプで眼鏡はかけていず」だけです。このような特徴の人など至る所にいます。 それに、横浜が騒然としていたあの頃、店長は突然尋ねてきた私達をそのまま額面通りに信じて教えていいものかどうかとも躊っていたようです。
 私達は三回も店に通いました。

<続>

Date:2018.06.26(Tue)14:44 | Category:[未分類]

秘密のあっ子ちゃん(43)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。


 彼の希望は彼女と直接接触したいというのではなく、彼女の無事を知り、もう一度彼女の舞台を見たいということでした。
 私達は、まず彼女がどこの所属の役者さんなのかを調べることから始めました。 依頼人が既に聞き込んではいましたが、念のために小屋の責任者に彼女のことを尋ねました。しかし、小屋では依頼人に答えた通り、彼女のことを全く把握していませんでした。そこで、無理に頼み込んで、その一座の連絡先だけは何とか教えてもらったのです。
 早速、一座に連絡を取ろうとしました。しかし、いつ電話しても留守ばかりで、何日経っても連絡は取れませんでした。
 小屋の責任者に無理を言って、一座の連絡先は何とか教えてもらったのですが、その一座はいつ連絡しても留守ばかりでした。
 一座と連絡が取れるのを待つだけの無為な時間だけが過ぎていきます。「これではラチがあかない」と思った私は、苦肉の策として、知り合いのプロダクション関係の人に彼女のことについて尋ねてみました。
 彼は「そんな名前の役者は聞いたことないなぁ」と言いながらも、「調べてみる」と請け負ってくれました。
 三日後、彼からの返事が来ました。彼女の所属プロダクションが分ってきたのです。
 私達は早速、そのプロダクションに向いました。
 プロダクションの話によると、彼女は阪神大震災に遭遇したものの、無事で今も元気にがんばっているということでした。彼女はもともとモデルあがりの女優志望で、モデル時代からそのプロダクションに所属しているということでした。モデルは競争が激しく、また女優志望とはいえ、売り出すにはそれなりのきっかけが必要です。悪戦苦闘の中、日舞の腕前と歌の上手さを買われて、たまにああした一座にも出ることがあるということだったのです。
 そのプロダクションの担当の人は親切で、彼女のことを詳しく教えてくれました。そして、私達が彼女のファンだと言うと、向こう一ケ月の予定を教えてくれたのです。
 彼女は翌日には関西で舞台がありました。私達は大阪へ飛んで引き返し、すぐに依頼人(51才)に彼女のスケジュールを伝えました。彼は彼女の住所や連絡先ということよりも、再び舞台が見れる、そのスケジュールが知りたかったのです。 もちろん彼は、翌日は舞台を見に行くと言いました。ただ見に行くだけでいいと言うのです。
 「せっかく、ここまで探したのだから、震災で心配していたことや、ご自分がファンであるということを意志表示されては如何ですか?」私は見に行くだけでは惜しい気もして、そう提案しました。
 「それも、そうですねぇ…。でも、どういう風に言えばいいか…」
 彼は躊躇していました。彼は決して気の弱いタイプではありません。キタで結構大きなラウンジを経営し、従業員に対してもなかなか厳しいオーナーとして通っているのです。
 「一緒に行ってもらう訳には行きませんか?」
 彼はそう言ったのです。
 舞台を見るだけでいいと思っていた依頼人(51才)も、「せっかくここまで探したのに」と私に言われて、それもそうだなと思ったようです。
 彼は決して気の弱いタイプではありません。しかし、こと自分のことになると、震災で心配したことやファンであるということを、どういう場面でどう表現していいのか戸惑っていました。 「一緒に行ってもらう訳には行きませんか?」
 彼はそう言いました。
 「それは構いませんが…」私はそう答えながら、どういう方法を取るのが一番違和感がなく、さらには心象良く彼の存在を知ってもらえるのかをあれこれ考えていました。
 「それでは、こうしましょう」
 私が提案した内容を彼は了承し、というより全くの「まな板の鯉」状態で、私に任せると言いました。
 私は彼との打ち合わせ通り、舞台が始まる前、彼女が楽屋に入ったころを見計らい、彼から預かった大きな花束を持って小屋に向いました。そして、正面入口には行かず、通用口の方へ行ったのです。そこで私は係の人に無理を言って、彼女を呼び出してもらいました。
  私は通用口の係の人に無理を言って、彼女を呼び出してもらいました。
 彼女は怪訝な顔をして現われました。
 「実は、あなたには全くご存知のない人なんですが、初めてあなたの舞台を見られた時に昔の恋人にそっくりで、一目でファンになられた人がいて、その人が震災の時に大変あなたのことを心配されて…」
 私の説明は続きます。係の人は初めこそ、そばでじっと私達の様子を伺っていましたが、心配ないと判断したのか、少し離れた所で待っていてくれました。
 彼女は私の説明を聞いて、随分照れていましたが、やがてこう言いました。
 「光栄です。私のファンだと言ってもらったのは初めてですし…」
 「実は、彼は今日の舞台を見に来ると言っていましたが…」私がそう言うと、彼女は「それでは是非、楽屋の方へ来てもらって下さい。震災の時に心配してもらったお礼も言いたいし…」 その日の夕方、彼は私が預って彼女に手渡した花束よりももっと大きな花束を持って、小屋に向いました。その花束は、きっと幕が降りる前に、彼の手から直接彼女に手渡たされたことでしょう。

<終>

Date:2018.06.26(Tue)14:40 | Category:[未分類]

秘密のあっ子ちゃん(42)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。


 今回の主人公は五十一才の男性です。
 彼は今年の一月十五日、友人に誘われて大衆演劇を見に行きました。商業演劇にしろ新劇にしろ芝居というものに、彼はこれまであまり興味を持っていませんでした。ましてや、大衆演劇など見るのは初めてで、大衆演劇に凝っている友人があまりにも勧めるのと、その日はたまたま時間を持て余していたのとで、ちょっと覗いてみる気になったのでした。
 いくつかの演目が終わって、次に登場してきた女性を見て、彼は驚きました。年のころなら二十四、五才。もちろん初めて会った人ですが、その役者が昔つきあっていた女性とそっくりでした。その恋人のことは今も心の片隅に残っていて、青春時代に彼女と過ごした日々は彼にとっては忘れ得ない思い出となっていました。 彼は思わず身を乗り出して、その役者に見入っていました。日本髪に着物、厚い化粧を施しているとはいえ、見れば見る程昔の恋人にそっくりでした。
 大衆演劇に関して詳しい同行の友人に彼女のことを聞くと、彼女は最近売り出し始めたばかりの役者だということでした。
 翌十五日、彼は今度は一人で再び小屋に足を運びました。
 翌日の一月十六日、彼(51才)は前日に続いてその大衆演劇の小屋に足を運びました。
 昔つきあっていた女性とそっくりの女役者が登場するのを心待ちにしながら、舞台に目をやっていました。昨日までは「どさ回りの芝居なんか」と思っていましたが、その独特の雰囲気に慣れてくると、「こういうのもなかなかええもんやな」さえと思えてきました。
 最近売り出したばかりの彼女の出番はそれ程長くありません。しかし、彼女の踊りはなかなかのもので、芝居も決してくさくありません。それに歌が抜群に上手でした。
 彼は彼女が舞台に出ている間、目を皿のようにして見入っていました。やはり昔の恋人にそっくりです。恋人がそのまま舞台に出ているのかと思える程でした。もちろん、既に四十五才にはなっているだろう恋人の年令を考えるとそんなことはあり得ないことですが…。 彼女が所属する一座の大阪での公演は十八日まででした。彼はあと二日、毎日彼女を見に来ようと決めていました。
 しかし、翌日一月十七日、あの阪神大震災が起こったのです。
  一月十六日、彼(51才)は翌日も彼女の舞台を見に来ようと決めていました。 ところが、夜明け前、もの凄い地鳴りと共に、あの阪神大震災が起こったのです。マスコミ発表の「大阪、震度四」とは思えぬ揺れ方をしましたが、彼の家は幸い棚の上の物が落下して破損した程度ですみました。気になっていた店の方もさほどの被害はなく、夕方、彼は彼女の一座がかかっている小屋に向いました。
 芝居は中止になっていました。後で考えれば当り前と言えば当り前なのですが、その時点では、彼自身阪神地区がそれほどひどいことになっているとは思ってもいませんでした。小屋の責任者の話によると、彼女の一座の舞台は予定では明日までで、おそらく明日も中止になるだろうということでした。そして、彼は支配人からもっと気になることを聞かされました。それは、彼女達の宿舎は西宮で、今もって連絡が全く取れていないということでした。
 彼は翌十八日も小屋に行ってみましたが、案の定、舞台は中止になっていて、小屋の再開がいつのなるのかは分りませんでした。
 そのころになると、彼もテレビで映し出される映像から、彼女が宿泊していたという西宮の被害の大きさを認識し始めていました。 次第に被災地の事態の深刻さが分ってくると、彼(51才)は彼女達が無事であったかどうかが無性に気になり始めました。
 小屋は二十二日から再開しましたが、かかっている演目は彼女達の一座のものではありませんでした。
 彼は再び支配人に彼女達のことを尋ねました。
 「無事だったんですか?」 「ああ、大丈夫やったとは聞いてまっけど、あんた、親戚かなんかでっか?」  「いや、そうじゃないですけど、今はどこにいるんですか?」
 「さぁ、そんなことまでは知りまへん。ウチとの契約は十八日までやったさかい、その後のことまでは分りまへん」 
 「またここで公演する予定はありますか?」
 「いや、今んとこありまへなぁ。それに、あの娘はあの一座のもんとちがうさかい、今は一座と一緒に動いてへんと思うで」
 彼女はあの一座の所属ではなかったのです。彼はどういうルートで彼女がその一座と一緒に出ていたのかをさらに尋ねましたが、支配人からは明確な答えは得られませんでした。小屋としては一座と契約していた訳で、それ以上の詳しい事情は把握していなかったのです。
 昔つきあっていた恋人とうり二つの女役者。震災で公演が中止になってからも、依頼人(51才)は何度か小屋に足を運びました。が、そもそも彼女は一座の所属の役者ではなかったということ以外、彼女のことについては皆目分りませんでした。
 彼は大阪新聞の愛読者でした。自分自身にこういう事態が生じる以前から、ずっとこのコーナーを読んでくれていました。そこで、彼女の無事がどうしても気になる彼は当社に飛び込んできたという訳です。

<続>

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プロフィール

佐藤あつ子

Name:佐藤あつ子
大阪府出身。奈良教育大学を卒業後、自らの「思い出の人を探したい。しかし、あまりにも料金が高すぎる」という経験から、従来のイメージを払拭した調査業者を目指し、昭和63年10月「初恋の人探します社」を創業。思い出の人探し(所在調査)をはじめ、家系図調査、企業調査など、長年培ったノウハウを元にした独自の調査方法で、判明率は90%以上を誇る。
また執筆活動においても大阪新聞に連載された「秘密のあつ子ちゃん 美人探偵・調査ファイル」のエピソードをまとめた「初恋の人、探します」(遊タイム出版)が、日本リスクマネジメント学会第3回RM文学賞を受賞。平成10年には松竹新喜劇において、同書を原作にした舞台「初恋の人探します社」(渋谷天外脚本)が上演された。
その他にも、ラジオ・テレビ出演、雑誌寄稿、起業家への創業支援や大学でのアントレプレナー養成などでの講演など、各分野において精力的に活動している。

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