あっこのブログ

おばちゃん探偵、法科大学院に学ぶ。

Date:2017.07.14(Fri)15:46 | Category:[未分類]

秘密のあっ子ちゃん(31)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 その日やってきた男性は三十七才の、まだ青年らしい面影を残した優しそうな人でした。ハンサムということでもなく、派手さがあるということでもありませんでしたが、話しているとその誠実な人柄が伺われました。 
その彼がキャパクラに勤めている女性に恋をしたのです。
 初めて彼女を見たのは、会社の忘年会の流れで同僚達に誘われ、その店に行った日のことでした。彼女は彼らのテーブルについたのです。
 目がぱっちりとして色白で、髪の毛をショートカットにした、どことなく内田ユキに似た娘でした。水商売ずれしたところがなく、彼は一目で彼女を気に入りました。
 ご他聞に漏れずと言いますか、それからというもの、彼は頻繁に店へ顔を出すようになり、彼女を指名したのでした。
 彼女は二十五才。彼とは一回りも違いましたが、彼が独身であるせいか、音楽やスポーツの嗜好がまだまだ若く、彼女とは結構話が合いました。
そうこうするうちに、これもご他聞に漏れず、店が退けた後一緒にカラオケに行ったり、同伴を頼まれたりするようになったのでした。
 彼女(25才)は客の中では人気のある娘でした。 店が退けた後に一緒に飲みに行くようになったり、同伴を頼まれるようになると、彼女は彼(37才)に自分のポケベルの番号を教えました。そのポケベルは明らかに営業用のものだということを彼は知っていました。それでも彼女は、
 「いろんなお客さんからベルが入るので、ややこしくなるから、最後に“1”を打ってネ」
 と言ったのです。
 「じゃぁ、客の中では僕は一番なのかな?」などと彼は内心思ったのでした。 彼が彼女を知って一年近く経ったころです。彼女は店をしょっちゅう休むようになりました。
 「今日も休み?」
 ある日、彼は店長に尋ねました。
 「実は、先週一杯で退めたんです」
 そんな返答が返ってきました。それから一週間すると、ポケベルも使用中止となりました。
 彼は後悔していました。というのも、彼女が退める直前、いつものように同伴を頼まれたのですが、「今日は仕事が忙しいから、また今度に」と言って断ったのです。彼女からの連絡は、それが最後となったからです。
 三十七才の依頼人にとって、もちろん彼女(25才)が初めての恋ではありません。結婚を考えた人がいなかった訳でもありませんでした。しかし、これまで最後の一歩が踏み込めず、独り身で通してきました。
 そんな彼にとって、彼女は今まで知りあった女性とは全く異っていたのです。 「後にも先にも、たぶん彼女以上の人は現われないだろうと思います」
 彼はそう語っていました。 「今、幸せで元気にやっているのならそれはそれでいいんですけど、どうも何か事情もあるようだったし、もし困っているのなら、僕でできることなら手助けをしてやりたいんです」   彼は彼女の源氏名だけではなく、本名も知っていました。それに水商売に入る前に勤務していた会社も出身地も聞いていました。彼女の方も彼を信頼し、一般的な客とホステスの関係以上のことを話していたようです。
 ですから、調査はそれほど難行すると考えられませんでした。
 ところが、蓋を開けてみれば、この調査はそうおいそれと簡単に片付づくようなものではなかったのでした。
 彼女(25才)は店で働いている間は店の寮に住んでいました。
 私達は、まず彼女が以前勤務していたという繊維会社へ聞き込みに入りました。ところが、元在職者の名簿をどんなに繰ってもらっても、それらしい名前が出てきません。古くからいる“お局さん”のような人に聞いてもらっても、「私は十五年くらい前からの人ならだいたい覚えていますけど、そんな名前の人は聞いたことないですねぇ…」という返答だったのです。
 次に、私達は依頼人(37才)が彼女と連絡が途絶える直前に自動車学校へ通っていたらしいという情報から、寮から通い易い範囲の自動車教習所を軒並み当たりました。どこの職員も皆親切で丹念に調べてくれたのですが、やはり該当者はありません。
 こうなると、彼女が彼に「本名だ」と言っている名前が、本当にそうなのか疑わしくなってきました。
 そこで、私達は店へと向いました。水商売では従業員のプライベートのことはなかなか答えてくれないということはハナから分っていましたので、ツテを頼り、水商売仲間の人に同行を頼んでのことでした。
 水商売仲間に同行してもらったのは効果てきめんでした。彼女(25才)が依頼人に言っていた名前は本名であることが間違いないということが分りました。しかし、実家の住所や店の寮に住む以前の住所は履歴書にも空欄となっていて、それ以上の手がかりは把めませんでした。
 彼女の苗字が間違いないと分ると、私達は彼女の出身地、鹿児島県のその姓を軒並み電話をかけ始めました。いつもの如く、その数はかなりに上ります。
 百数十軒目の電話で、こんな話を聞くことができたのです。
 「ああ、それやったら、裏の家の娘とちゃうかな?ウチとは遠い親類に当たりますけど…。確か、結婚してすぐに大阪へ出たけど、一、二年で離婚したという話を聞いてます。詳しいことは裏に聞いてみて下さい」(勿論、今お読みいただいたような大阪弁ではなく、鹿児島弁であった訳ですが、私は大阪弁以外再現不能ですので、皆様の方で鹿児島弁でお読み直し下さい)  という訳で、彼女が以前勤務していた会社で、「そんな名前の人は聞いたことがない」という理由が明らかになりました。彼女は婚家の名で勤務していたのです。

<続>

Date:2017.06.05(Mon)17:15 | Category:[未分類]

秘密のあっ子ちゃん(30)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 ちょうど昨年の今頃、新聞販売店を営んでいるという、三十代後半の独身男性から電話が入りました。扱っている新聞でいつも当社の広告を見ていて、ずっと気がかりだった人が今どうしているのか調べてほしいというものでした。
 探したい人というのは、三年前彼がまだ別の店でオーナー見習いとして働いている時に、アルバイトとして来ていた同い年の女性です。
 色恋がからんでいるというのではなく、「田舎に帰る」と言って退めたものの、彼女には複雑な事情があったためその後どうしたのか、この三年ずっと気になっていたのでした。少なくとも彼はそう語っていました。しかし、私は当初からやはり何らかの感情はあったはずだと踏んではいましたが。 その彼女の複雑な事情というのはこういうことでした。彼女は既に結婚していたのですが、夫運が悪いと言おうか、次から次へと女は作るし、所帯費は入れないしで、彼と知り合ったころにはとっくに離婚を考えていました。彼女の実家が商売をしている上に資産もあったので、生活が困るということはなかったようです。しかし、親切にしてくれた男性と妙な噂が立ち、田舎のこと故居ずらくなって、こちらに出てきていたのでした。しかも、彼女は体があまり丈夫ではありませんでした。
 依頼人(37才)がオーナー見習いとして勤めていた新聞販売店に、彼女がアルバイトとして働いていたのはほんの僅かな期間でした。
 「いろいろあって、田舎では居ずらくて…。それに、実家も少しほとぼりが冷めるまで戻って来るなと言うし…」 
 そう言いながらも、彼女は三ケ月も経たないうちに離婚の手続きをしてくると言って、田舎へ帰っていきました。
 その直後、彼の方も現在経営している店の話が持ち上がり、慌ただしく新しい店へと移っていきました。 彼が彼女と知り合っていた期間は三ケ月と短いものでしたが、その間、彼は彼女から様々なことを聞いていました。主人の女癖の悪いことやぐうたらぶり、実家の商売のことや格式があるばかりに親族が世間体を気にすること、田舎のことや立てられた噂のことなど、時には愚痴を聞いてやり、時には相談に乗ってやりという風に…。
 新しい店へ移ってからも彼は時折、「彼女はどうしただろうか」と思い出されました。
 彼は彼女の消息を知ろうと何回となく勤務していた新聞店へ連絡を入れました。 彼女(37才)の消息を知ろうと、彼(37才)は何回となく以前勤務していた新聞販売店へ連絡を入れてみました。しかし、彼女は誰にも連絡を取らなかったようです。彼女の“その後”は全く分らなかったのでした。
 彼は心のどこかで気になりつつも、諦め始めていました。連絡がないのは万事うまくいったことなのだろうと思うように努めていました。 
 ところがある日、新聞を整理していると、一つの広告が目に飛び込んできたのです。
 「過去の忘れもの、いつとりにいきますか?」
 それは当社の広告でした。 一瞬、ドキッとしました。それでも彼はすぐには依頼しませんでした。「向こうから何の連絡もないのに、わざわざこちらから連絡を取って、却って迷惑になってもなぁ」とか、「たかが三ケ月の知り合いで、何も金をかけて探すこともないだろう。必要なら向こうから連絡があるだろう。こちらの居所は前の店で聞けばすぐ分るのだから」とかと自分自身に言い訳して、二、三ケ月逡巡していました。 ところが、気になる気持ちを消し去ることはできませんでした。彼は重い腰を上げたのでした。
 彼女(37才)の実家はすぐに判明してきました。 しかし、実家でもその周辺でも、いざ彼女の現在の居所となると、どうも要領を得ません。皆、奥歯にものが挟まった言い方をして、結局、彼女が今どこに住んでいるのかは明らかにしないのです。
 やっとの思いで、彼女が寝起きしているという、実家が所有する借家の住所が明らかになってきました。そして、二年前離婚が成立したことも判ってきました。 私達が早速、依頼人(37才)に報告したのは言うまでもありません。
 ところが、彼はまたもや逡巡していました。
 「僕なんか突然会いに行けばびっくりするだろうな」 当社にも二度程、相談の電話が入ってきていました。 ひと月後、ついに彼は決意を固めて報告書に書かれてある住所に向いました。大阪から車で五時間の行程です。
 ところが、辿り着いた目当ての借家には人影がありませんでした。彼が近所の人に聞くと、「いつまでも実家の世話になっていると、とやかく言われる」との理由で、一週間前にその借家を出て、近くのアパートを借りて住み始めたのだということでした。
 彼(37才)は、彼女が新しく越していったアパートがどこなのかを調べてほしいと、再び依頼してきました。
 それは、今までの逡巡がどこへ行ったのかと思える程の強い意気込みでした。彼にも分っていたのでしょう。あれこれ迷っていないで、報告があってすぐに連絡を取っていれば余計な手間がかからなかったことを。 アパートの所在が判明すると、彼は今度はすぐに出かけていきました。
 「お陰様で連絡が取れました。有難とうございます」 そんな電話が入ったのは、二度目の報告をしてから三日後でした。
 電話はすぐに切れましたし、もともと彼は私達に自分の感情については一言も語りませんでしたので、私もそれ以上突っ込んで聞くのは控えました。「そうですか。それはよろしゅうございましたネ」とだけ答えたのでした。
 しかし、彼は自らの想い一決して口には出さなかったけれど、嫌でも分ってしまう彼女への想いを伝えることができたのだろうかと、私は今ごろになって気になっています。

<終>

Date:2017.04.29(Sat)10:32 | Category:[未分類]

秘密のあっ子ちゃん(29)

 これは平成6年より大阪新聞紙上にて連載していた「秘密のあっ子ちゃん」に掲載されたエピソードより抜粋したものです。なお、登場人物は全て仮名で、ご本人の許可を得ております。

 昨日、とても悲しい知らせが届きました。
 「前略 先日は妻の件で大変お世話になりました。お礼申し上げます。
 去る7月7日、妻は他界いたしました。
 貴社様に調査をお願いいたしました方とは無事連絡がつき、励ましのお手紙をいただきましたが、妻の生前にはお会いすることができませんでした。しかし、葬儀には遠方よりお越しいただき、妻の仏前で合掌してくださいました。妻も満足であったに違いございません…」
手紙にはそう書かれてありました。
 差し出し人は四十八才、東京在住の男性です。調査途中に一度だけ訪ねて来られました。誠実で優しそうな印象を与える人でした。 彼に調査結果を報告したのは今年の桜の頃です。全ての事情が分っていた私やスタッフは、その後彼から音信がなかったので、奥さんの容態を気にしていました。ですから、予想できたこととはいえ、手紙を読んだ時には私は言葉を失ってしまいました。
 彼の奥さんは享年四十四才。あまりにも早い死でした。
 明日は彼女の初盆。せめてお線香でもと、私はお供えを送りました。
 彼が手紙で問い合わせてきたのは、二月の終わりのことでした。私は被災地での調査に走り回っている頃です。
 「私は現在東京都に在住している者です。先日のテレビの放映番組で貴社様の存在を知り、一度お手紙でお伺いして、場合によればお願いしようとも考えている者です」
 ワープロで打たれた手紙はそんな書き出しで始まり、手がかりとなる項目だけが列挙してあるものでした。そして、「返信用封筒を同封いたしますので、調査が可能かどうかご連絡下さい」とあったのです。
 もちろん、何故探したいのかという理由は書かれていませんでしたので、その時点ではどんな理由で、どういう人が探したいのかなど、私には全く分りませんでした。なおかつ、依頼人の年令すらも分らなかったその時点では、連絡が取れなくなった恋人の所在を確認したい青年であろうとぐらいしか考えていませんでした。 とにもかくにも、その手紙を一見して、調査は可能だったのでその旨を連絡したのでした。
 三週間程して正式に依頼するために、再び彼の手紙が届きました。
 それを読んだ時、私は胸が詰まる思いでした。
 正式に調査を依頼したいと、再び届いた彼の手紙を見て、私は胸が詰まる思いでした。
 「私が探したいという人は妻の初恋の人です。
 妻は現在四十四才で、病気療養中です。より正確に申しますと、末期の肝臓癌で、既に癌のひどい痛みのための連日うなされている状態が続いています。
 痛みが強い時は過去の出来事が思い出されるようで、最近は特に初恋の人のことをよく申します。その人のことを話している間だけは気力が出るのか、痛みも少し和らぐようです。近ごろでは、妻を励ますつもりで、私の方からもその人のことを話しかけるようにしております。
 全身を襲う癌の苦痛に耐えている妻の姿を見るに忍び難く、今の妻の心の支えであるその人に、せめて生きている間に合わせてやりたいと思うのです。
 そんな訳で、調査はできるだけ早くお願いしたいのです。妻にはもうあまり時間がありません。
 ただ心配なことは、その人は当年七十才のご高齢で、ご健在かどうかということです…」
 私達がすぐさま動き出したのは言うまでもありません。
 依頼人の奥さんが十九才のころに憧れたのは、四十六才の妻子ある上司でした。幼い頃に父を亡くした彼女にはファダー・コンプレックスがあったのかもしれません。
 妻子ある上司に憧がれたと言っても、今流の不倫に発展した訳ではありません。ただ、彼女の心の中にだけある想いでした。その人柄をただただ慕っていたのでした。
 しかし、そんな彼女の秘かな想いも二年が経つ頃には断たれてしまうことになりました。その人が転勤となったのです。
 自分の想いを誰にも打ち明けたことのない彼女にとって、いくら会いたいといえども会いに行けるものではありませんでした。そのうち、あたかも忘れ去ってしまった出来事かのように、彼女の初恋は胸の奥底にしまわれていきました。
 それが、癌というひどい痛みと闘わなければならない状態の中で、鮮明に蘇えってきたのです。
 その人の調査は難行しました。当然と言うべきか、既に依頼人自身も色々調べていました。しかし、その所在は杳として分らなかったのです。もう、一刻の猶予もありません。引き受けた責任上、いえその理由だけではなく、私は何としても彼女が元気なうちに所在を知らせてあげたいと思っていました。時間との勝負でした。
 依頼人の奥さん(44才)の初恋の人の所在がやっと判明してきたのは、桜の花の頃でした。
 早速報告した私に、彼は「どういう風に言えば一番いいでしょうか?先方に迷惑をかけるのも申し訳ないですし…」と悩んでいました。
 「ありのままをお話すればいいのではありませんか?ご本人に直接連絡をつけることができれば、ご迷惑になるということはないと思いますが」私はそう答えました。  
 「そうでしょうか?一度、妻の兄とも相談してみます」そう言って切られた電話から、何ケ月も彼から連絡がなかったのです。
 「どうしはってんやろ?」スタッフ達と気にしていた矢先に届いた悲報でした。 その手紙の封筒の裏に書かれた彼の名前をじっと見つめていると、彼は今どんなことを考えているのだろうかと思わずにはいられません。
 七夕の日に逝ってしまった妻。妻が癌の痛みにうなされながら口にしていた名の人には、結局生前会わせることができなかったけれども、それでも遠方から葬儀に駆けつけてくれた…。 彼は奥さんの初盆をどんな気持ちで一人迎えたのだろうかと考えていると、無性に切ない気持ちに捕らわれたのです。

<終>

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プロフィール

佐藤あつ子

Name:佐藤あつ子
大阪府出身。奈良教育大学を卒業後、自らの「思い出の人を探したい。しかし、あまりにも料金が高すぎる」という経験から、従来のイメージを払拭した調査業者を目指し、昭和63年10月「初恋の人探します社」を創業。思い出の人探し(所在調査)をはじめ、家系図調査、企業調査など、長年培ったノウハウを元にした独自の調査方法で、判明率は90%以上を誇る。
また執筆活動においても大阪新聞に連載された「秘密のあつ子ちゃん 美人探偵・調査ファイル」のエピソードをまとめた「初恋の人、探します」(遊タイム出版)が、日本リスクマネジメント学会第3回RM文学賞を受賞。平成10年には松竹新喜劇において、同書を原作にした舞台「初恋の人探します社」(渋谷天外脚本)が上演された。
その他にも、ラジオ・テレビ出演、雑誌寄稿、起業家への創業支援や大学でのアントレプレナー養成などでの講演など、各分野において精力的に活動している。

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